ものをつくることが好きで、得意でもある。けれど、堀倫太朗さんが選んだのは、自ら形をつくることを中心とする仕事ではなかった。大工だった祖父の作業場、折り紙に親しんだ幼い頃、美術大学で学んだ金工。そうした経験を経て、いまはPatmosのディレクターとして、作り手に伴走している。堀さんにとって、ものづくりは、誰かの評価から離れて自分だけで没頭するためのものだという。一方、人が集まる場では、楽しめていない人がいると気になってしまう。ひとりでつくることに求める純粋さと、他者に向ける細やかな気配り。その二つは、彼のなかでどうつながっているのだろう。
得意とは言えない仕事に挑み、いまもプロジェクトのたびに傷だらけになると、堀さんは話す。それでも、純度の高いものづくりを実現するチームの一員でありたいという。つくることを大切にする人が、つくる人のそばにいる。その選択の背景を辿るうちに、ものをつくることへの関わり方は、手を動かすことだけではないのだと、あらためて感じた。

自分という器に制限された環世界
———真性と善性を基底とする対話
P 堀さんがつい関心を寄せてしまうもの、あるいは問いはありますか。具体的なものでも、抽象的なものでも。
堀 つい関心を寄せてしまうもの。なんだろう。「どうやってできているんだろう」ってことかな。
P 物事の成りたちへの関心ということですか。
堀 そうですね。それは物質でもそうだし、時間軸でも、考え方でもそうです。日常生活でも、電車で乗り合わせた方々の私服を見ては、たまに妄想ペルソナを立てたりします。「なぜこの服を着るに至ったんだろう?」「ってことは、この人、こういう人生をおくってきたんじゃないか?」みたいな。
P その人の過去を仮定して、現在にどう接続されるかをあれこれ思索してしまう。
堀 まさに。それは人だけではなくブランドやプロダクトも同様です。一般名詞としての「道具」が、それぞれ、なぜその形状になったのかとかも気になりますね。
P アイヌ民族の文化やものづくり、さらにはその宇宙観を掘り下げるために、アイヌの方々が今も暮らす二風谷(北海道)へ単身フィールドリサーチに出られたこともありますよね。
堀 もとより「本質はなにか?」に対する感度が高い子どもだったんですよね。逆に言えば、本質的ではないものに対する違和感を強烈に覚えるタイプで。その感覚がどこで養われたかはまるでわからないんですけれども。
P たしか、ものづくりを生業にするご親族がいらっしゃいましたよね。彼ら彼女からなにかを獲得したということはあるんでしょうか。本質を掴むと言うことと、幼少期から身体性を伴うものづくりの現場を体感していたというふたつの事象にはなんらか結びつくものがありそうです。
堀 当時はそう思っていなかったでしょうが、無意識下での蓄積はありそうです。父方の祖父は大工で、大阪にある、昭和のクラフト感あふれる家に住んでいたんですよ。小学生の頃は盆暮になると里帰りして、祖父専用の大きな作業場に呼ばれては、削刀で即興的に竹とんぼをつくってもらいました。ほかにも祖父の家には、小学生の私にとっては恐怖の対象だった、木の幹が露出しているような置物が室内に無造作に飾られていたりして。そうした家庭環境が影響してかどうかはわかりませんが、私自身も小さい頃から細々とした作業や折り紙遊びなんかは好きでしたね。淡々と形を……形で表現していくのも好きだし得意で。ほんの少し幼少期を振り返るだけでも、ものを作る行為と日常が自然と接続されていたんだなあと懐かしくなります。
P そのまま作り手の道を進んでいってもおかしくなさそうですが。
堀 確かに。私、ものを作ることに対して、ある意味ではコンプレックスがないんです。それは今までお話ししたような幼少期の経験を通じて、良い意味でも悪い意味でもものをつくることに満足してしまったところがあるからで。今、私がデザイナーや作家ではなくディレクター———直接的には手を動かさないが、大きな意味でものづくりに関わるポジション———に就いている背景には、こうした原体験があるからかもしれません。
P いろんなケースはあると思いますが、ものづくりにおいて、得意でもその道を選ばないというのはなかなか奇特じゃないですか。好きだからその職種をあえて選ばないケースはよく聞きますが。
堀 コンプレックスってあるじゃないですか。僕にとっては、コンプレックスの方が仕事としてよほど成り立つと思うんですよ。
P おお、興味深いですね。
堀 正直に言うと今でも超苦手なんですよ、ディレクター職(笑)。物事を俯瞰してみるのも得意じゃないですし。Patmosに入社して5年が経った今でも、プロジェクトごとに毎回傷だらけになりますし、そうやって傷を負いながらも愚直に経験値を会得するやり方は、ずっと変わっていません。得意じゃなくても、チャレンジすること自体に意味があると思ってやっています。まあ単純にないものねだりするものじゃないですか、人間って。「人生に求めるもの」ひとつとっても、所詮ないものねだりの要素が大きいと思いますし。それと同じで、僕が仕事に向かう最も強いモチベーションになるのが、たまたまないものねだりの能力だったってだけなんです。
P なるほど。
堀 まあ……自分でも変だなとは思いますよ。自分の得意なこと、周りが評価してくれる土俵で戦えば良いじゃんって論法はよくわかりますから。でも僕からすると比較、批評が発生する行いって、プリミティブなものづくりではないように感じるんです。
P 生業としてのものづくりは、作り手の手を離れたその時から、価値交換の土俵にあげられること必須ですよね。それは堀さんの言う「プリミティブなものづくり」から離れてしまう?
堀 私論ですが、私にとってのものづくりは、誰のためでもなく、ただ自分のための活動なんです。最も純粋に自分に向き合うために、外界からのノイズとは切り離された精神的な隔離空間に身を置き、無意識状態で没頭する行為こそがものづくり———プリミティブなものづくりであって欲しくて。
P 理解します。
堀 ただし良いものができたら「みんなにも見てほしい」ってなるので、矛盾するんですけどね(笑)。いずれにしてもプロセスやスタンスのようなものは人に見られたくないと強く思うんです。
P 個人的に引き受けていらっしゃるお仕事について、あんまり公表されないなとは思っていました。そういうことだったんですね。
堀 そういうことです。
P そうした考えが成熟したのは、いつごろのことなのでしょうか。学生時代は美大で金工を専攻されていたと聞いていますが。
堀 美大生活を通じて変化したような気がします。もの作りが好きだという自認が高校生の頃にはしっかり芽生えていましたが、当時はなんちゃって進学校でヘラヘラ楽しく過ごしていて。それが大学受験を意識し始める高3になると、同級生たちが急に自習室にこもって真面目に勉強しはじめたんです。その「前ならえ感」に、非常に恐怖を覚えたんですよね。私、この列には加わりたくないと心の底から思って、「将来の夢はスーツを着ないことです」って周囲に言い放っていました。
P その頃から反骨精神は健在だったんですね。
堀 です(笑)。ラッキーなことに美大に行く友達がたまたま周りにもいて、その流れで私も美大に進学して。まあ、いざ入学したら相当カオスだったんです。個性の塊というか、社会性が十分には身についていない年頃の人たちが一堂に介していて。日々、それぞれのエゴが苛烈なパワーでぶつかるような場所だったわけですけれども、そんな環境でも淡々と、ストイックにもの作りに集中している精鋭たちがいるんです。そんな人の割合は学生1,000人あたり0.5%にも満たないんですが、確かにいるんですよね。その選ばれし存在たちを間近に感じた時、私は、「この能力を自分は持ち得ていない」と悟っちゃったんです。能力的にも、素養的にも。ものをつくる集団群のなかで、よくも悪くも自分の領分というものをわきまえてしまった。その一方で、落ち着きがない人間ですから、ものを作る以外にも学外活動の一環でプランニングに関わったりなんだりといろんな動きをしていまして。いろんな人に関わる中で「ひょっとしたら、自分はものを作るよりも、伝えるポジションの方が向いているかもしれない」とうっすら意識していたようにも思います。ストイックにものをつくる友人たちとは今でも仲良くしていますし、一緒に活動もしていますし、リスペクトもありますが、喋るという行為においては、私の方が長けている自負があったんですね。
P 喋ることに長けているって、つまりどういうことなんでしょう。
堀 超むずい質問ですね。うーん、話上手だとは思ったことはないです。たぶん誰かとのセッションが好きなんですよ。私あんまりシチュエーションを気にしないタイプだという自認があるんですが、一方で、その場に必要な空気感を察知して喋ることには長けているのかもしれないですね。
P 堀さんがいる現場は、なんだかポジティブな空気なことが多い気がします。
堀 うれしい。どうやったらその場にいる人全員が楽しくいられるかはよく考えています。大人数が集う場でも、あんまり楽しそうにしていない人がいたら気になっちゃうんですよ。同じ空間にいるのにあっちとこっちで温度差が生じてしまうみたいなのがあんまり好きじゃなくて。
P 目の前にいる人がどんな状況なのか、どんな気持ちでいるのかといった配慮やケアに対する関心が強いのかもしれませんね。日常的な雑談でも仕事のやりとりでも、堀さんは「どうして〇〇さんはそう思うの?」とよく訊ねてくださいますよね。意見そのものだけでなく、その背景までも含めて理解をしようと努めていらっしゃるように見えます。
堀 基本的に僕、現象に対してものすごく興味をもつんですよ。で、この興味についてなんですが。興味って、「興味」の時点では自分のものではないと思っていて。
P 面白そうな話です。というのは。
堀 興味を「向ける視点」こそが私を私たらしめていると思うわけです。言い方をすこし変えると、興味を惹く対象自体はこの世界にたくさんありますが、そのなかから私たちは、興味を示すものとそうでないものを無意識のうちに取捨選択していますよね。であればこのベクトルを向ける方向やスタンス自体が、私をつくる一部だと言っていいんじゃないかと。
P 顕在化される以前の、無意識下の指向性のようなもの?
堀 興味を持つ手前の現象、とも言える気がしていて。僕は他の人よりもそこに対しての力学が大きく働くのかもしれません。突然大きい音が鳴ると、ものすごくストレスを感じるのはこの感受性に連関していそうです。外界に対する感度が過剰に高い分、たとえるならISO感度が高すぎて画面全てが白く現像されるカメラみたいです(笑)。全部拾おうとして、結局なんにも拾えない。生得的な身体の癖でもありますが、なんだかなあと思うところでもあります。
P それで言うと、堀さんは自身の身体反応に対しての非言語的な語彙が卓越していますよね。自身のなんらかの歪み、伸びやかさ、かろやかさなどに対する感度が高いと言いますか。
堀 確かに。身体性は、私と他者を根本的に分ける大事な一要素ですね。発生学的な観点から見ても、自分自身を形作っているものには意味があるはずなんです。この体の大きさだからとか、人間という器だからとか。そうした外殻的な要素が自分という精神に自ずと大きな影響を及ぼすはずで。そもそも人間、ひいては私も含む日本人の造形は、生存環境の大前提である地球の重力の強さだったり、日本が北緯20度から46度という条件下から成る風土や気候であったり、いろんな要因によって決定されるじゃないですか。現象学やメディア論にも近い考えの様にも思いますが。いわゆる器は心であり、心は器であるというように。
P マクルーハンは「メディアはメッセージである」と提唱しましたね。メディアの形態そのものが、そのまま受け手の世界の見方そのものを定義してしまうと。そうでなくとも人間は10本の手指があったから10進法を発達させやすかったという説や、手足耳目などの主要器官が2つずつ備わっているからこそ二元論的な概念に行き着いきやすいという説もあります。地球上に住む人間に生まれついたことの因果にはじまり、堀倫太朗という、日本人平均身長よりは遥かに背丈が高い、精悍な男性に生まれついた身体的な条件、制約に端を発するものは大いにありそうですね。
堀 ですね。これまでに触れてきた事柄の大前提になる概念だと思います。
P 物事の成立に対する関心の高さ、興味を持つ手前の現象に対する敏感性、そして個体特有の身体性と話してきました。それ以外にも堀さんの屋台骨になる感覚や価値観ってありますか。
堀 みんながみんなそうなのか分かりませんが、自分という自明性を疑わない期間が僕はけっこう長かったんですね。自分自身を疑うことも知らなかったし、自分の感性を疑うこともなかった。まるで天命反転のようにそれが覆ったのが20代半ばのこと。家族関係の変化を経て、この世にはどうしても分かち合えないものがあるとその時初めて知りました。端的に言うと、甘やかされて育って、ずっと無邪気だったって話ですが。自分という存在や行動について「裏側」から見たり、客観視したりしたことが本当になかった。……だから今、当時の私にもし会うことがあったら、とてもじゃないですが好きにはなれないでしょうね。社会から浮いた存在だったでしょうし。
P 許容できないその過去の自分も飲みくだした結果、現在の堀さんに成ったわけですが。
堀 その強烈な自己否定……自己批判をもって、自分を見つめ直すようになっていきました。内省する時間が増えて……まあ、まだ至らないところもありますが、あの頃よりはまともになれたかなと思います。「自分」を解体して、再構築して、その過程でPatmosに入社して、素の自分を出すことにだんだん抵抗がなくなってきて。そのうちに自分で自分のことを認めてあげられる瞬間が訪れる気もしています。そうですね、「もう一度自己表現のようなことをしてもいいかもしれない」みたいな感覚になってきています。うっすらですが。
P そこに繋がるんですね。自己表現というのは、クライアントワークではなく、幼少期のものづくりのように自分のために作品をつくるとかそういうことですか?
堀 そうですね。無邪気な自分を通したなにか、があってもいいかもしれないって感覚です。幼い頃のような無邪気さにはもう回帰できませんから、もしかしたらディレクターのままかもしれませんし、そうじゃないかもしれませんし。
P あくまでも兆しとして感じるってことですよね。
堀 ですです。美大生の時から「ものづくりは作るだけでない関わり方があるのかもしれない」と思ってきましたから、その意味でも、作り手やデザイナーではなく、その伴走者として、純度の高いものづくりを実現できるチームワークに貢献できる自分でもありたくて。その態度はきっと変わらなさそうです。そうは言っても急に作家になりたいって言い出すかもしれませんが(笑)、そのあたりはわからないですね。


労働と貢献によって自己意識は形成される
———善性を基底とする対話
堀 たしかドイツ人の思想家が「働くとは生きることそのものであり、社会とつながるための行為である」みたいなことを提唱していた気がするんですよね。それはまさに私の考えとぴったりくるんです。定年退職すると、人は一気に老け込むみたいな話と通じていると思っていて、働くことって自己表現のプラットホームのひとつなんですよね、きっと。輝く度合いによって仕事へ向かうネガティブさ/ポジティブさには差が出るでしょうが、人の生きがいであることに違いはないだろうと思います。
P ヘーゲルは自身の著書『精神現象学』で、「奴隷は労働を通じて『自己自身へと至る』とされ、労働とは『抑制された欲望、引き延ばされた消失、あるいは形成すること』」と言及していますね。ここから「労働=自己意識の獲得=真の自立」という図式が導かれ、マルクスの労働観に継承されます。古代ギリシャ時代にまでさらに遡ると、アリストテレスは、「人間を『ポリス(共同体)的動物』と捉え、人間はポリスに参与することによってはじめて本性を全うできる」との考え方を示しました。これは労働そのものというよりも、「社会参画(ポリス的活動)としての生」の哲学的原点と言えます。堀さんの考えは、それらと、近代的な個人主義の感覚も複合するもののように受け取りました。
堀 そうですね。いずれにしても労働とは自分のためであり、それが社会のためでもあるべきだと思います。ベン図のように、個人と社会の重なりが大きければ大きいほど、個人の魂が輝くような感覚がありますね。
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Brand Director, Gestalter/1990年東京都生まれ。物事やプロダクトの成り立ち、その背景にある人の想いに関心を持ち、対話とセッションを通じて、その場に潜在する本質的な価値や空気感を引き出すことを得意とする。大学時代に培った審美眼と、多様なプロジェクトマネジメントの経験を活かし、ブランド戦略の具現化からコンセプト開発、体験設計までを伴走者として一貫して担う。作り手と伝える側の垣根を越えてプロジェクトを推進し、表層的な表現にとどまらず、関係者全員が純粋に向き合える共鳴の場をつくることを大切にしている。フィールドワークではその土地の風土や伝統工芸、暮らしを観察することを好み、無意識の中に宿るプリミティブな美意識に心を動かされる。趣味はバスケットボール。