受け継ぐこと、私になること。

庭に咲く花を生け、季節に合わせて掛け軸を替える。書に向かい、絵を描き、日々の中でものをつくる。アートディレクターの齋藤碧さんが語る祖母の暮らしには、創作と生活を隔てる境目がない。その姿は、書道といけばなを学ぶ現在の齋藤さんにも、静かにつながっている。いま、齋藤さんはデザインの仕事を週の半分にとどめ、自分のために学び、手を動かす時間を大切にしている。同じ文字でも、そのつど異なる線が生まれる。花には、その時にしか出会えない姿がある。そうした一回きりの美しさに触れることが、長く親しんできたデザインの見方にも、少しずつ変化をもたらしている。

話を聞いていると、誰かから受け継ぐことと、自分らしい表現を探すことは、離れた営みではないように思えてくる。祖母の暮らしや師の思想を、自分の手で確かめ、自分なりに解釈する。そして、いつかその先の誰かへ手渡していく。好きなものを大切にすることから始まった学びは、齋藤さん自身の生き方を形づくるものになっている。

複製不可能な痕跡が、只今に立ち上がる
———美を基底とする対話

Patmos編集部(以下P) 齋藤さんは現在、生業としてのデザインに費やす時間を週の半分に限定され、生活の一部として、いけばなと書道の稽古をされていると伺いました。そこからの推測するに、西洋デザイン的な思想からゆるやかに離れるとともに、日本的な美に対する意識が現在の感性の屋台骨としてあるように感じられます。ご本人としてはいかがですか。

齋藤 そうですね……。ゆらぎや一回性のものに心惹かれますし、今ここにしかないものを愛でる感性を学びたい気持ちは結構大きいかもしれません。いけばなや書道を習いはじめたのも、そうした日本の美の精神を体得したいと思ったからで。

P 本腰を入れていけばなや書道を学ぶうちに気づかされたことはありますか。

齋藤:習いはじめた頃の話ですが、いけばなや書道には、ルールや正解があるようで、実は絶対的なきまりがはないことに衝撃を受けました。 たとえば「黒」という文字を例に挙げると、書道においては、 漢字の下側にある4つの点々(灬)の右みっつを同じように打つよりも、サイズや形を変え、少しずつ異なるニュアンスで表現するのを素敵だとする感性があるんです。同じように左右対称の漢字を文字通り左右対称に書くのはあんまり素敵じゃない、綺麗じゃないと考えます。左が細ければ右は太くする、左右でボリューム感を変える、あるいは、ちょっと斜めに書くというように非対称かつバランスをとることで良しとする。ひと文字ごとの美しさと調和を瞬間的に判断することで、毎回違った文字を書ける面白さがあります。

P 長らくデザインを生業にしてきた齋藤さんにとって、無意識下に、規格化された美の規範があったのでしょうか。それで、驚いたと。

齋藤 10年近くデザインを仕事にしてきたので、そういうものがあったんでしょうね。……それに最近ではどんなデザインを見ても既視感があるように思えてしまって。面白い、魅力的に感じるものが減ってきた気もするんです。

P なるほど。

齋藤 そもそもデザインは、ただ作って終わりではなく、誰かにお渡しすることを前提としています。また特定の誰かにとっての「使いやすさ」を考えることが必須条件だからこそ、複製可能であることや、明確なルールがあることも大切です。挑戦的なことを言いたいわけではないのですが、そうしたデザインの基本的な考え方を土台にしながらも、書道から得た個人的な感覚や一回性の美しさを、これから自分が手がけるデザインにも織り込んでいければいいなと思っています。もっと自我を出していいし、みんなが同じ文字を書く必要はない。そんな書道からの学びを通じて、私は新しい価値観を自分の中にインストールしたような感覚があります。

大事にできるものを、ただ大切に
———真を基底とする対話

P 現在のような生活バランスに舵を切ったのは、いけばなや書道を習い始めたことがきっかけですか。

齋藤 間接的にはそうかもしれませんが、いくつか前段がありそうです。手近なところからお話しすると、誰かから頼まれたものではなく、自分の中に生まれる表現としての「なにか」をつくる時間が欲しくなったというところでしょうか。

P 齋藤さんの半生を振り返ると、とても興味深い変化のように思われます。

齋藤 そうですね……。私は大学生活も就職活動も2回ずつ経験しているのですが、最初の就職活動期間まではあんまり人生についてちゃんと考えたことがなかったんです。それまではなんとなく周りに合わせて、なんとなく順風満帆に過ごしていたので、なぜかそのまま流れに乗って進んでいく気がしていて。それに私、そもそも「会社員」がどういうものかずっとよくわからなかったんです。何をしている人たちなのか。福島の、都会でもない田舎でもない土地に生まれ育って、両親も祖父母も学校の先生で、いわゆる会社員をしている大人が身の回りにいなくて。説明会でその職務内容を聞いても「全然楽しくなさそう、やりたくない」というのが正直な感想だったのですが、広告デザイナーの仕事は、就職活動中に知った仕事のなかで唯一面白そうに思えたんです。その時初めてデザイナーという職業があることを知りましたし、幼少期にすごく好きだったお絵描きやものづくりを通じて社会とちゃんと接続できる生き方があるんだと驚いて。「自分がやりたかったのってこれかもしれない」とちゃんと思えたんですよね。

P お聞きした限りでは、中学の部活動や大学進学などの節目で美術に関連する選択肢はあったとのことでした。ただ、さまざまな理由でそちらには進まれなかった。

齋藤 そうですね。選択の結果として自然とものづくりから遠ざかっていったのですが、もともと絵を描くことは何時間やっていても飽きない性分で。幼少期は祖母と一緒にお絵描きをしたり工作をしたりしていましたし、小学生の頃は休み時間から授業中まで時間があればとにかくイラストや漫画を描いていました。高校の美術の授業では、ひとり居残りして納得いくまで絵を描き続けたこともあります。英文科の学部に進学したあとも、アートを学ぶ海外のキャンププログラムに自費で参加したりして。要所要所でアートやものづくりに惹かれつつも……本当に自分が好きなものを見ないようにして、閉じ込める時期が長かったんです。だからこそ、もしも大事にできるなにかを見つけたら、そう感じる気持ちと一緒にちゃんと大切にしようと思っていました。人に語れるほど好きなものがない自分がコンプレックスだった時代もあります。

在りし日の、おばあちゃんの背中を追っているのかもしれない
———美を基底とする対話

P 感性の土台になるものは、人生の前段階で培われることもしばしばです。齋藤さんの場合には、ご家族からの影響も大きいとのことですが。

齋藤 創作は特別なことではなく、生活の一部であることは祖母に教わったように思います。祖母は退職してからずっと自宅でお習字教室を開いていて、私も高校にあがるまでは習っていました。個人の書道家としても作品を出展するためか、週末になると部屋にこもってすごく大きな作品に向かっていたのを覚えています。書道以外にも多趣味な人で、毎日なにかしらの習い事———ヨガやスイミング、俳句や俳画、ちぎり絵———と幅広く嗜んでいました。ちいさな頃には私も習い事についていって、お稽古の宿題をする祖母のそばで、私も一緒に真似ごとをして遊んでいた記憶もあります。なんにしても暇な時はずっとおばあちゃんと遊んでいました。お絵描きしたり折り紙したり。一緒に住んでいるのに交換日記をするくらい祖母のことが大好きでしたね。

P 豊かですね。ともすると現在の齋藤さんは、お祖母様の生活に近づいていっているようにも思われます。

齋藤 それは私もすごく感じています。祖母に日本文化について直接的に教わったことは全然ないのですが、昔の人なので、そういった感覚は自然とその身に染みついていたように思います。いけばなを習っていなくとも、季節のうつろいに合わせて庭———子供が走り回って遊べるくらいの広さで、池があって、松や梅、紅葉が生えている日本らしい庭———に咲いた花を生けたり、掛け軸を掛け替えたりして。首都圏に住んでいると、そうした自然のあわいのようなものを感じることはあまりできないと思っていましたが、いけばなを習うことで、ちょっとでも祖母がおくっていた生活や目線に近づけたらと思っています。

P あらためての質問にはなってしまいますが、自然は好きですか。

齋藤 好きです。上京するまではまわりに自然が満ちていたので意識することはありませんでしたが、地元を離れて気づきましたね。

P 離れて気づくことってありますよね。

齋藤 本当にそうですね。今になって思えば、数学と理科の先生だった母も自然の面白さを私に気づかせようとしたり、ふれあいをさせたりと頑張っていた気がします。道端で死んだコウモリを拾ってきて、「コウモリって可愛くない?」と言いながらぴろーっと羽を広げて見せてきたり、流星群を見るために深夜2時とか3時に起こされて一緒に見にいったり。

P リアルな自然体験ですね。

齋藤 季節行事を大事にする家で、その時期ならではのイベントみたいなものも年中ありました。春には近所の竹藪に入ってタケノコを掘ったり、秋には空き地でヨモギを摘んできてお団子をつくったり。実家を離れて以来、すっかり遠ざかってしまいましたが、やっぱり小さな頃からの刷り込みのようなものはあって。「そういうのってやっぱりいいよね」って思います。そうした思い出がいけばなへ向かう気持ちにも絡んできて、四季の移ろいをしっかり感じる機会になったり、植物の自然な姿を家の中でも感じたりすることに結びついているかもしれません。

P もののあわれのような感覚は齋藤さんの血肉になっていると思いますか。理屈や言葉で説明する前に心が動く、あるいはしみじみと感じ入る受け止め方に対する考え方をお聞きしてみたいです。

齋藤 そうですね……。言葉に関して言えば、言葉主導で物事が進んでゆくしんどさみたいなものは感じます。人間同士って言葉があるから言葉で全部伝えようとしますが、植物はそうじゃないじゃないですか。言葉以外のもので「今、私はこういう状態です」「元気があります/ありません」「水が欲しいです」と訴えかけてくるように感じられて。それもコミュニケーションの一部だと思いますし、人間同士でも、非言語での対話で通じ合えた時にはなんか嬉しくなりますね。

他者への問いかけが、自分に返ってきた
———真を基底とする対話

P 美大に再入学し、デザイナーとしてのキャリアを歩みはじめますが、その間も「自分の気持ちを大事にすること」は齋藤さんの軸でしたか。

齋藤 うーん、どうでしょう。美大の頃は正直そこまで余裕がなかったですね。英文学科を経てすぐの就職活動期間中に美大に入学することを決め、美大受験のための勉強を数ヶ月しかせずに入学したこともあり、「みんなは絵が上手いな、私は下手だな」と思っていました。美大に入るまでデザインソフトを触ったこともなかったので、その習得にいっぱいいっぱいでしたし。卒業後、デザインを仕事にしていくなかで……もともとものづくりは好きでしたし、自分の気持ちを尊重するために選んだ道でしたが、いろんな方から、いろんな意見を受け取るうちに最終的に何を目指していたのかが曖昧になってしまうことがあって。完成したものに対しても、なんだかあんまり納得がいかないまま終わってしまうこともありました。

P そうこうするうちに誰からの干渉もなく、自分の思うままにありたいというような気持ちが、現在の生活スタイルに繋がったのでしょうか。

齋藤 そうですね。あとはPatmosに入社してからの気づきもあります。Patmosの仕事の進め方ってちょっと独特で、クライアントに対して長期的なインタビューやリサーチをしてから、ブランドアーキタイプを組み立てて、そこでブランドの人格を再構築するのですが、そのプロセスを実行するうちに「自分はどういうブランドなんだろう?」と考えるようになったんですよね。

P 質問がブーメランのように自分に返ってきて、質問者である自分こそが自分のことをよくわかっていないと気付かされてしまった。

齋藤 そうなんです。人には聞くのに、自分のことはあんまり考えたことがなかったなと思って。そこからちゃんと自分はどういう人間になりたいのか、何が好きなのかを掘り下げるようになりましたね。

P そこで行き着いたのが、自分自身を知り、耕すための学びに比重をおく生活だったと。

齋藤

そうです。家で、ひとりで黙々と手を動かしているだけなのですが、毎日充実感があって、これ以上他には何もいらないと思うほどです。もちろん以前の生活も十二分でしたが、楽しさ以上に満足感がある。それまでは誰かといて楽しいとか、誰かと楽しさを分け合うことの幸せしか知りませんでしたが、自分で自分の相手をしてあげるというか。自分を愛するみたいなことと似たような話かもしれませんが、自分のパートナーである「自分」が幸せにしてくれているかのような感慨が湧きます。

P 学ぶことに対する喜びはありますか。

齋藤 ありますね。自分を形成する要素のひとつだと思います。仕事のために学ぶこともありますが、基本的には自分の興味関心のある物事を深めていきたい気持ちの方が大きくて。ただ知りたい、見たいみたいな好奇心ですね。それに、知るだけではなく、実際に自分でできるようになりたいんです。

P 知識を蓄える以上に、実践を通じて暗黙知を獲得したい欲求があるのでしょうか。

齋藤 そうですね。最近は非言語的な表現をより良いものにする糧になるものを、意識的に選んで学ぼうとしています。書道にしても、文字を書いているとはいえ、その行為自体から立ち上がってくるものがあったり、自分の体を動かすことによって作為なしに生まれるものがあったりするので、行為を通してしか得られないものを、実践を通して習得したいですね。

P 書道以外にも、茶道や華道などの芸道は、徹底的な模倣や反復を経て独自の表現や境地を獲得することを基盤にしますが、それにも通じる考えですね。

齋藤 そうですね。その意味で良き師匠を探すこと———周囲から影響を受けやすい側面もあるので、理想とする人が近くにいる環境に身を置くこと———を大切にしています。背中を追いたいと思える方々の考え方や仕事に日々触れていると、自然と自分もそこに近づいていける気がするんです。

たとえば美大を出なくてもデザイナーにはなれます。それでも美大に入学してよかったと思うのは、これからの生き方を考える上で、参考になるデザインを学べたこと、教授陣との出会いを通じて、彼ら彼女らの仕事への向き合い方を知ることができたからです。正直に言えば大学で学ぶ思想的なことは、社会人になってからの日々の業務にはあまり生きず、美術大学を出た意味を見失いかけた時期もありました。ですが原研哉さんをはじめ、実際にはデザインに対する思想をしっかりと仕事へ生かしているデザイナーや教授たちがいます。いつか自分もそんな仕事ができるようになりたいですし、その姿を目標にすることでこれまで努力を続けられた気がします。書道も同じで今の自分とはかけ離れていても「こんな作品を作れたらいいな」と思える人をめちゃくちゃ探して、その人を師として学ぶことがとても大事なことだと思うんです。

P 良き師匠と出会うことがうまく「真似ぶ」ための近道という点、全く同意です。

齋藤 学ぶのは、あくまで内側の部分というか、師匠に当たる人がどういう思想でそれをやっているのか、という点だと思っています。それを基にどう外へアウトプットするかは、そこにこそ個性が出る。内側のコアの部分は参考にしつつ、それをどう解釈し、どう発散するかは、自分で考えなければいけないと思っています。

P 守破離の精神を自分のものとするまでは、長い時間がかかると思いますが、そのプロセスは苦にはなりませんか。

齋藤 試行錯誤は断然楽しいです。いや、めちゃくちゃつらいんですが(笑)。でも振り返ると、ちゃんと筋トレとして機能していたな、という感覚は絶対にあって。だから全然嫌いじゃないんです。思い返すと美大に合格した時も「合格した、やった」という気持ちよりも、毎日必死になって絵を描いていた時間の方が記憶に強く残っています。何かを作ったり描いたりしているときの、あの集中している時間が私は本当に好きなんですよ。だからそこが自分にとって一番大事なのかな、と思いますね。

微差を知ることは自分の現在地を明らかにすること
———善を基底とする対話

P 「正しさ/正しくなさ」から物事を判断することはありますか。

齋藤 えーどうでしょう。私、個人的な物事に対しては、正しいか正しくないかをあんまり考えたことないかもしれません。好きか嫌いかだとか、もっと感情的なところを優先する気がしますね。

P 第三者が客観的に正しさを断定したり断罪したりすることは不可能だと考えていらっしゃるのでしょうか。ものごとの多面性を信じているからこその行動原理として。

齋藤 確かにそうですね……そう思います。日本では似たような文化的背景や教育環境を共有している人が多いので、自分とはまったく違う前提から生まれる意見に触れる機会は、海外に比べると少ないように思います。対して、日本以外の国であれば、全然角度の違う第三の意見が出ることもあるはずで。だからその人の生まれ環境で規定されているだけで、絶対的な正しさなんてものはないと思います。

P 東南アジアのある島の民族には、感謝や謝罪、所有という概念がそもそも無いそうです。思想がコモディティー化する「現代」を生きていても、世界を見渡せば、全く異なるコモンセンスをもつ人がごまんといることにあらためて気付かされますね。

齋藤 本当ですね。自分の選択肢を広げるために、そういう「知らないこと」を知りたいとは思います。世界にはいろんな人がいると知っていれば安心できることもあるじゃないですか。なるべく自由に生きたいと思っても、誰も進んでいない道を選ぶ最初の人になるのは怖くて。自分と近いけど少し違う、みたいな人たちの生き方を知ることで自分の現在地を測れたらと思います。

P 自分と近いけど少し違う人たちの生き方を知る。現実的な自分の立ち位置が浮き彫りになりそうですね。

齋藤 あんまりにも自分と境遇や環境がかけ離れすぎるとファンタジーの住民のように感じてしまいますが、同じ国に生まれて、同じような環境で育ってきたのにちょっとだけなにかが違うってなったら自分ごと化できると言うか、「自分もそうなっていた可能性があるんだ」と思えるんですよ。

P 想像上の自分を引き合いに出して、意思決定の判断材料にすると。

齋藤 うまく想像できないことも多いんですけど、判断に迷ったり辛いことが起きた時、引き合いに出して判断のヒントにすることもあります。結局のところは、自分の幸せを噛み締めるためのことが多いですね。

技の習得とは伝承を内包する概念である
———ゲシュタルティングを基底とする対話

P この世に永続的なものはあると思いますか。

齋藤 難しい問いですね……。そもそもの話にはなりますが、永遠になにかが変わらずに存在することはありえないと私は思っています。形がどんどん変わったり誰かに受け継がれたりするものはあると思うのですが、それは「永続的」という定義に当てはまるのかはよくわかりません。

P 状態変化が発生した段階で、対象となる概念や事物は同一ではないと。

齋藤 そうですね。私が入門した「いけばな小原流」ではお免状(指導可能な資格)を取ると生徒をとれるようになるのですが、実際に指導者になる人はほんの一握りに限られるそうです。その現状を私の先生は憂いていて、「人に教えることではじめて自分の至らなさや未熟な部分に気づいて、真の意味で師範の器になる」、「いけばなというのは何百年と継承されてきたもの。学び手はその伝統文化という恩恵を受けているにもかかわらず、習得した技をその先の世代へと継承しないのは失礼なんじゃないか」とおっしゃっていたことを思い出しました。私もそれを聞いた時、「確かに」と思ったんですよね。伝統文化を学ぶことは同時に私自身が誰かに繋げていく当事者でもあることを意識しなきゃいけないんだって。逆に言えば、私もそのひと脈になっていいんだという気付きもありました。お免状をもらったその先も履修すべき学びがある小原流にとって、人に教えられる状態になることはゴールではないですし、指導の質よりも誰かに伝えていくことが大事なんですよね。P 流派とは、様式化された技を世襲制度や師弟制度のもとに継承する集団だと定義されますよね。いけばなのほか茶道、武術などでも同様に、本来の意味であれば技の継承に焦点が当てられています。であれば門下に入ったその時から、まさに誰かに手渡す使命も担うことになるのでしょうね。

齋藤 そうですね。月謝を払うことの引き換えに無責任に学べると思って、与えられることを当然の対価だと捉えてしまいがちですが、伝統芸能を学ぶということは、先人がしてきたように私も技を継承する責任がある。ですし、私もそうあるべきなんだと気付かされた気がします。

P 技の伝統をとるということもひとつ大事なことだと思いますが、それこそ幼い頃から親しまれてきた四季のうつろいを、自宅で野花をいけることなどによって、遊びに来たご友人に自然物がまとう気配を感じて帰ってもらうことも、齋藤さんらしい「伝える」のひとつの形式に思われます。そうしたことも含めて、なにかを伝えるため、行動にうつしてみたいと思われますか。

齋藤 それができたらいいなと思います。どこまでできるかはわかりませんが、目指せたらいいなと。

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  • Saito Midori

    Art Director, Designer/1988年福島県生まれ。人やブランドの価値観が、体験として自然に伝わるデザインを目指す。見た目だけでなく、その背景にある考え方まで感じられることを大切にしている。現在は書道と華道を学び、日本文化に息づく美意識やふるまいに親しんでいる。巡る季節を楽しみ、その時々の興味関心に素直でいられることが、自分にとっての豊かさ。